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お寺の運営(経営感覚)

現代のお寺を取り巻く環境に於いて、寺院運営はとても厳しいものがあります。

これは古くからの神社や社などの維持についても同じ事が言えるかと思います。

古くはお寺や神社が子どもの遊び場として、又学びの場所として地域と密着しながら運営がなされてきました。しかし、地域社会の変化や防犯上の問題などからだんだんとその役割を終えつつあります。

支援者は思い入れのある人

当たり前のことですが、何かに対する支援者というのは、そのものに対して思い入れがないと生まれません。お寺に対しての支援において、檀家さんであっても思い入れがないと支援を期待できないというのが現状です。むしろ檀家さんであってもお寺に行ったことがないという方も多いのです。

ということはお寺のファンを作っていかなくてはなりません。ファンを作るためには経営感覚も必要になってきます。

嫌われる典型的なお坊さん

・とにかく否定するお坊さん
・えらそうなお坊さん
→結構たくさんいらっしゃいますが、檀家さんの思いや悩みを受け入れてお話しを聞くことからお坊さんの役割は始まります。み教えを振りかざして、これはこうだ、あれは間違っていると否定するばかりのお坊さんや上から目線でものを言うお坊さんは嫌われます。嫌われたお坊さんがいくらいいことをおっしゃっても受け取り側には無意味です。

・贅沢三昧のお坊さん
→地域によっては貧素な車で来るなとお叱りを受けるところもありますが、基本的にお寺さんが贅沢三昧していると嫌われます。飲み屋さんで同じ人に2度会うと「あそこのお坊さん飲み屋さんに毎日通っているらしいよ」と変な噂が立つこともあります。それだけお坊さんは目立つのです。

嫌われないということが重要なのはどんな世界でもそうですし、特別なことではありません。

お坊さんにとって嫌われないことは重要なのです。なぜならお坊さんの本分は「教えを伝え広めること」ですから、嫌われてしまうと「教えは伝わらない」からです。私は嫌いな人の話は的を得ていても「お前が言うな」って思ってしまい、聞く耳を持ちません。やはり好かれるに越したことはないのです。そういう意味でもお寺のファンを作ると同時にお坊さんのファンも作る必要があります。

必要な経営感覚

経営者は常に時代・経済や生活の動向に目を向けながら、同時に自社の状況や競合他社の動向を考えながら、自社や社員を守るために考え行動されています。

これらをもともとはお寺を運営する上ではされていたことでしょう。しかし、お寺は時の政権に守られたり利用されたりして現在の形態に落ち着き、その形態に支えられてきました。新たな檀家の獲得や対外的に能動的な布教活動をしなくても運営できました。

しかし現代は違います。檀家制度に頼らずお寺もその形態を考え、時代と共にお寺を変革し運営していく必要があるのだと思います。

お金なくしてお寺は運営できません。維持にもとてもお金がかかります。だからこそ、「営利を求めて」ではなく最低限のお金を生みながら、教えを広める為の工夫をしていかなくてはなりません。そこには経営感覚というかバランス感覚が大切になってくると思います。

中には既存の形態を否定することに終始している方がいらっしゃいますが、否定ではなくその人その人に応じてお坊さんが変わらないといけないのです。

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