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三昧(さんまい・ざんまい)

「三昧」とは私たちが日常的に使う言葉の一つです。

ぜいたく三昧、ゴルフ三昧、道楽三昧、読書三昧、放蕩三昧・・・挙げるときりがないですね。

一つのことに熱中して他のことに心が向かないことを「○○三昧」と呼んでいます。

言葉そのものの意味

「三昧」という言葉を大辞泉で引いてみますと、
①仏語。心を一つの対象に集中して動揺しない状態。雑念を去り没入することによって、対象が正しくとらえられるとする。
②「三昧場(さんまいば)」の略。
③ともすればその傾向になるという意を表す。「刃物三昧に及ぶ」
④そのことに熱中するという意を表す。「読書三昧の暮らし」
⑤心のままにするという意を表す。「ぜいたく三昧な生活」

仏教語としての「三昧」

「三昧」はサンスクリット語の「サマーディ」を音写した言葉です。前述の①の意味で、「心を一つの対象に集中して動揺しない状態。雑念を去り没入することによって、対象が正しくとらえられるとする。」となります。ですから仏教における修行においてとても大切な言葉です。

比叡山の常行堂では、常行三昧という修行が行われています。これは伝教大師の説かれた四種三昧(常坐三昧,常行三昧,半行半坐三昧,非行非坐三昧)の一つです。

常行三昧は概ね5間(約9m)四方のお堂で行われます。中央に安置された阿弥陀様の周りを90日間ひたすらに、阿弥陀様のお名前だけを称え、心に阿弥陀様を念じながら24時間歩き続けるものです。堂内には手すりが備わっており、決して座らないことも特徴の一つです。

考えただけで過酷なことがわかります。

又「念仏三昧」という言葉もあります。これは、「仏語。専心に仏を念ずることによって、雑念を除き、煩悩を去ること。特に阿彌陀仏を心に念ずること、またはその名を唱えること。」という意味です。

私たちが使う「三昧」

私たちが使う「三昧」はぜいたく三昧、ゴルフ三昧、道楽三昧、読書三昧、放蕩三昧・・・と、欲望に関するものが多いですね。前述の意味から言うと③から⑤の意味になるでしょうか。どちらかというと悪い意味に使われているような気がするのは気のせいでしょうか。

仏教では欲望は苦しみの根源だと考えます。際限なく自分の欲望に流される生き方は、際限なく苦しみを生んでいくと言うことになります。自らの欲望は控えつつ、自分を律して生きたいものです。

しかし、現代ではストレス社会とも言われています。ストレスの発散方法は人それぞれ違いますが、好きなことをするのも一つでしょう。常にバランスを取りながら歩んでいくことは大切なのでしょうね。

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