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東日本大震災から8年

先月の3月11日でもう2011年3月11日から8年ですか。

当時のことを思い返すと、被害は地震よりも津波であることを知らされ、映し出される考えられない風景を現実として受け止めることはできませんでした。

何か私にできる支援はないかと考えながらも、日常に押し流され何もできませんでした。

4年後

そして4年経ち、被災地を訪れました。復興は進んでいるものと思っていたのですが、現実を知らされました。

住民の方の手配と案内のもと、ガイガーカウンターを片手に、福島第一原発にほど近い浪江町にも伺いました。浪江町は現在も大半が帰宅困難区域に指定されています。人っ子一人見かけない町。平行四辺形になったままの建物。新聞の販売所には、2011年3月12日の新聞が大量に残されたままでした。

又、閖上地区にも行きました。語り部タクシーの運転手さんのご案内のもと、被害の大きさと恐ろしさを痛感しました。地元の人間ではない私たちが見ると、広大な草原に見える広い土地も、よくよく見ると建物の基礎部分は残っていて生活がここにあったことを感じました。運転手さんの「ここにはよく行ってた食堂があったんですよ。ここのカツ丼はおいしくてねー。」と具体的な話を聞くと、今ではその跡形もない町に愕然としました。

それから仮設住宅に傾聴ボランティアに行かせて頂いたりしながら、いろいろな方と出会わせて頂き、人にお伝えするのがはばかれるような恐ろしく悲しい体験談を聞きました。皆様からは「家族を心配するあまり、戻ってそのまま戻ってこなかった方はたくさんいた。とにかくそれぞれが自分自身を守りなさい。そしてそれを事前に家族で確認しておきなさい。」と言われました。その方々に、後日私が被災した際に心配して頂いたことは一生忘れることはないでしょう。

6年後

そして6年後の2017年、7回忌法要を有志のお坊さんでお勤めさせて頂きました。たくさんの大切な方を一瞬で失われた方々の悲しみを考えると、何も言葉になりませんでした。

行く度に道は変わり、ナビも役に立ちません。海は高台にいかねば見ることはできず、風景もどんどん変わっていきます。本当に少しずつ復興しているのがわかります。

そして8年

まだ仮設住宅にお住まいの方はたくさんおられます。まだまだ復興は進んでいません。私たちにできることを少しずつやっていかなくてはなりませんね。

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